Iraq Hostage Crisis

イラクで拘束された3人の活動の紹介と、自衛隊のイラク派兵のあり方を問い直すブログです
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3月にオホーツク新聞で公開された高遠菜穂子さんのインタビュー
イラク出発前の三月にオホーツク新聞に公開された高遠さんのインタビュー記事です。短い文章ですが、彼女の活動の原点、そしてイラクで活動することの意味が伝わる内容になっています。
「想像を絶する困難と欠乏の中でおおらかに私の存在を受け入れたインドの村人の笑顔が奉仕の原点を教えてくれた。戦乱のイラクへ怒りをもたずに1人で入った私は大人達に見放されたストリートチルドレンに寄り添った。この子達と安心して家族のように暮らせる家を作りたいです」―21日に紋別でイラク・ボランティア報告をする千歳市の女性。(2004.3.14・企画室 鷲頭幹夫)
差別の現実とアメリカンドリーム
インドで祈りの意味探し続けた
怒りもたずにイラクの現実見る
実際に怖いもの知らずの私はアンマンから4月末にローカルバスで一般の人達と一緒にイラクのバグダッドに入りました。最初は国際NGOの病院支援の手伝いをしながら日本のNGOに不足物資の情報を送ったりしていたんですが、そのうち戦争前には見なかったといわれる路上生活の孤児達の姿が気になりました。ユニセフ発表でも3000人以上と言われるこの子達はイラクでは混乱した大人たちからも見捨てられた格好でアンパン(シンナー)に浸ってゴロゴロしてるだけでした。

私はとにかくシンナーを吸う時間を少しでも減らす工夫と喧嘩の仲裁を始めました。警察にボコボコにされる場面では手を広げて「やめて!」とたちはだかりました。この子達はほとんどサダム政権時代に孤児院にいて、戦争を機に米軍に解放されて逃げた孤児でした。事情はいろいろですけど、安心して眠れる家と働く場所が何としても必要です。

近所の人たちも最初私を馬鹿にしていたのに少しずつ協力してくれるんです。子ども達も私のことを母親だと思ってくれるようになってきています。

私は3月一杯道内各地で報告させて頂いたらすぐイラクに戻って彼らと家族のように一緒に暮らせる家を作ろうと思っています。

サダムの時代のような「閉じ込め、取り上げ、銃で脅す」ようなやり方でないやり方で「私もやるから一緒にやりましょう」ってムスレムの人が本来持っている助け合いの心を引き出すことができたら嬉しいです。

怒りもたずにイラクの現実見るより


| 石塚輝紀 | 三人のこれまでの活動・コメント | 13:06 | comments(0) | trackbacks(1) |
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「高遠さんとファルージャで」
高遠さんとファルージャで ― イラクで高遠菜穂子さんといっしょに行動したことのある佐藤真紀さんが、彼女がどのような考えをもち、どのような態度でイラクで医療支援、子どもたちへの支援を行なっていたかを見せてくれる。拘束によって、そしてその後の顛末によ
| 壊れる前に… | 2004/05/01 8:54 AM |
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